2008年ノブにとってどういう年になるんだろう。
去年2007年はアジアチャンピオンズに出られるっていう喜びでスタートしたと思ったら、タイトル取ってしまったじゃないか!
ただその時、優勝したカップを掲げたキャプテンはノブではなく啓太だった。
大事な瞬間を怪我で逃したノブ。
でも、僕は、これで逆にノブの引退時期はまだ先になるな、と思った。
リーグチャンピオン、ナビスコカップ、エンペラーズカップ、アジアチャンピオン、チームに在籍している間にこのすべての栄光に触れる事のできる日本人選手は神にヒイキされている、と言っても言い過ぎではないくらい希少なのだ。
サッカーボールを蹴って育ってきた少年たち、いや、僕も含めた多くの蹴球野郎が憧れるプロ選手、そこですでに選ばれし者達なのに、そのプロの中で、、、言わずもがなだ。
ただ、恵まれてる当人たちは決してそうは思わないのかもしれない。
なぜなら自分に忠実に生きてきたら、人より優れていただけだし、ボールも人より上手にコントロールできちゃってただけだし、てな具合で。
それが自分にとって自然なことだから、あるとき魔法でうまくなったような変身実感体験でもない限り神の力を意識なぞするわけないのだ。
だからこそ、ハイレベルなピッチで、大歓声のピッチで、普通にプレイできるわけだ。
僕らのような憧れているだけの凡人が一日職業交換みたいなプロジェクトでピッチにほうりこまれたとしよう。
うれしさと、舞い上がりと、俺はめぐまれているううう、などという感傷とで、まともプレイなんぞできるわけもない。
トップにいる人はみな自分にとってそのポジションは普通なのだ。
時にそのせいであっさりとその地位を捨ててしまうアスリートも多く、凡人達の夢を壊してしまうことも多いのだか。
ノブにしてみるとカップを掲げるべき試合に出れなかったとかそういうことではなく、目の前の試合に怪我で出れないという、悔しさ、アスリートとしての残念な一日だっただけなのかもしれない。
ただ、ノブ自身の思いがどうのこうのということとは無関係に カップを掲げるという行為は映像として歴史に残る。
これからさき何十年も日本初のアジアチャンピオンとして、浦和レッズの啓太がカップを掲げるシーンは流れつづけるのだ。
くやしいではないか。
これは僕の気持ちで、ノブの気持ちではないかもしれないが、僕はあそこにノブにいてほしかった。
もちろん、入団したころからの焼肉仲間の啓太が掲げているのは個人的にうれしいに決まってるじゃないか。
が、ノブサポーターとして考えるとあそこはノブなのだ。
福田のあとミスターレッズはノブだと思っている僕は歴史的瞬間の映像にこそノブにいて欲しかった。
啓太は次がある。そしてノブの次を引き継いでいくのは啓太だからだ。俺の勝手な思いかもしれないが。
そこで、ノブにはもう一度アジアチャンピオンでカップを掲げてもらわねばならん。
クラブ杯でACミランと念願のガチンコ勝負ができたとき、途中出場するマルディーニの存在感と安心感とかっこよさに、ますます、ノブはこうあるべきだと思う気持ちが確信に変わったヤツはけっして僕だけではないはず。
福田の時代はミスターレッズという呼称とともに、俺たちのチームという強い思いを確立した時代だった。
けっして強くないからこそ、2部落ちも経験したからこそ、それは長い登山のように、苦楽をともにした選手とサポーターの絆を強固なザイルで結び付けてくれた時代でもあった。
そこから、エメルソン、ワシントンという希代のストライカーを経て強い時代を作ってきた。
そしてアジアのチャンピオンを極めた時点で国産のストライカーにバトンタッチだ。
ことしは高原がいる。ここからは絆を深めた福田時代と、強さを発揮したエメ、ワシ時代のミックス時代がはじまる。
両方のいいとこ取りだ。が、世の中そんなに甘くはない。
欲張ればこそ、チームやサポーターが1つになりにくくなるだろう。
そんな状況だからこそミスターレッズ山田暢久が必要なのだ。
すべての時代に存在していた男山田暢久だからこそ今まで以上に。
啓太がカップを掲げ、そのあとリーグチャンピオンを逃した師走、昔のレッズを思い出した。
弱かったけど、俺の、俺のレッズ。
まさに、強さと弱さを兼ね備えたレッズイズム。
ノブの引退はしばらくない、という僕の思いは高原の加入が決まった今年にはいって確信にかわった。
今期もたのしませてくれ。


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